2種類の天才の聖域と混ざり込む純粋な歪み - 「鉄風」

good!アフタヌーンという隔月の漫画雑誌があります。
誌名にも名残がある通り、『アフタヌーン』の増刊号です。
good! (グッド) アフタヌーン 第21号 2012年 04月号 [雑誌]
以前に感想を書いた事があるサヤビト」(伊咲ウタ「ビリオネアガール」(桂明日香×支倉凍砂の他にも、
[伊咲ウタ] 足りないモノを補い合える二人だけの“絆” - 「サヤビト」
[桂明日香×支倉凍砂] 自分を変えるために、思い切って一歩踏み出す勇気、超えていく圧倒的格差 - 「ビリオネアガール」
昨年完結を迎えた作品も含みますが、破天荒かつ秀逸なギャグマンガハルシオン・ランチ」(沙村広明)、
SF(少し不思議)な日常と非日常が織り成す文化祭を巡る群像劇「水面座高校文化祭」(釣巻和)、
胸に染み入る恋愛作品「路地恋花」(麻生みこと)、胸がザワツク恋愛作品「夏の前日」(吉田基已)、
肝を冷やす恋愛作品「こはるの日々」(大城ようこう)などなど、この選り取り見取りなカオスさは『アフタヌーン』っぽいかなと思います。


そんな様々な魅力を持つ作品の中で、自分が最も楽しみにしていると断言できるのが鉄風」(太田モアレです。
鉄風 1 (アフタヌーンKC)
本作のテーマは、女子総合格闘技。ともあれ、格闘技に造形がなくても無問題。
とは言え、格闘技の「か」の字も知らない自分でも十二分に楽しめています。
その理由の一つは、作中に上手く挟まれる格闘技の解説かなと。
その分かりやすさがあった上で、もう一つのテーマ:努力と才能の魅せ方が本当にお見事。
本作は、天才故に努力に憧れる主人公:石堂夏央を取り巻く様々な「才能」の形の物語とも言えるでしょう。


そして今月号の最新話では、個人的に静かだけれど大きな躍進――ゆず子の再評価が描かれました。
単行本4巻、現在20話、ライバルの馬渡ゆず子というキャラクターは夏央と対比する形で描かれてきました。
圧倒的な強さで、格闘技を心の底から愛し楽しみ、屈託のない笑顔を向け、ただひたすらに純粋で歪みがない。
過程と目的(ゴール)で言えば、過程をすっ飛ばしてスタートとゴールが一致しているが如く。
しかし、ここに来て身近にいる者から彼女への疑問が投げ掛けられます。
太田モアレ「鉄風 20」『good!アフタヌーン』講談社, 2012, p.211

真っ直ぐ過ぎて逆に歪んでいる気がして……
なんでだろう
リンジィと似てるようで根本の部分で違う気がする……
最新話では、他にも様々なポジションのキャラクター達を通して、改めてゆず子を見詰め直す事となります。
ライバルの夏生曰く、「純粋に格闘技に打ち込めてる感じがする」
その理由は、「目的というか……向上意識に才能が追いついている」から、純粋に楽しめると彼女は続けます。
但し夏央からすれば、その澱み・歪みのない才能の在り方は「図々しい」と映る訳ですが。


それでは、敢えて言うならば、やはり彼女も天才の一人でしかないのか?
格闘技を愛しているのも、努力を惜しまないのも、明確な結果を出せるのも全て才能のみによるものなのか?
そう思った所で、また別の、恐らく今の夏生よりも遥かに高い視点から彼女が評される。


ゆず子が直前に破った大会優勝候補の期待の新人、その師匠:本間三津子。
夏央の師匠:紺谷可鈴と並んで日本女子格闘技界の双璧と呼ばれる人物。
ちなみに二つ名は「西の魔女」で、その二つ名に恥じない魔女っぷり(?)の片鱗も今回お披露目されます。
太田モアレ「鉄風 20」『good!アフタヌーン』講談社, 2012, p.208
大成出来る子は決まってるの
「業」のある天才か「才能がないと思い込んでる」天才……
そのどちらかでなければ、たとえ天賦の才を持っていても真の成功へは至れないと彼女は心の中で断言する。
同時に、ゆず子に敗北して心が折れ(掛け)てしまった自分の後継者には見切りを付けているはずです。
しかし、その魔女のゆず子への評価も、やはりどこか歪みを孕んでいる。
でも……あの子はちょっと違う気がする
アレ・・は何やろうか?
魔女の口からゆず子が大成出来るか否かは明言されていませんが、少なくとも出来ないラインには絶対にいないはず。
その上で、ゆず子は(彼女が言う)2種類の天才のどちらとも少し違うように見えると。


今までは主人公である夏央に焦点が当たっていて、彼女は歪んでいました。
才能を持つが故に、努力する事に飢え、退屈や寂しさを感じ続ける。
そんな傲慢が生み出す不満のループから逃れられない。
だから傍目には理解できず、「大事な何かが欠落している」とまで言われています。
太田モアレ『鉄風 3』講談社, 2010, p.143
こう書くと大層歪んでいる気がして、実際に歪んではいるでしょう。
ただ、打ち込む対象を決めてスタートから何もかも文字通りに吸収していく様子は、作中屈指に純粋な気もします。
スタートは歪でも、目的へ向かう過程は真っ直ぐで、師匠曰くメンドクサイ。


でも、夏央は自分が歪んでいる事に少なからず幾ばくかの自覚があるはずです。
一方のゆず子は、歪かどうか自覚的でなく、底も知れない分からない、それでいて才能も努力も楽しみも持っている。
すると、もしかしたら天真爛漫を絵に描いたようなゆず子の方が実は歪なのかもしれないなぁと。
そんな静かな、けれど同時に確かな違和感が最高にオモシロイ「鉄風」最新話でした。


尚、きっと今回の話まで収録される気がする最新5巻は5/7発売
つまりgood!アフタヌーン』最新号と同時発売なはずなので、まとめて確保するとダブルで美味しいかと思います。


ちなみに、今の大会が始まってから魅力的な女子が一堂に会して、別の意味でも楽園(ル・パラディ)
本記事だけでもゆず子と同じ格闘技部部員が可愛かったり、魔女が麗しかったりと言いたい事はありますが、
夏央の唯一と言っても良い友人:二ノ宮ケイや夏央が所属する竹中道場の面々もカワイイヤッターです!
興奮で胸を焦がしながら、女性の魅力に胸をときめかせられる「鉄風」バンザイ。