終わりを告げる“さよなら”と始まりを告げる“さよなら” - 「さよならフォークロア」

ある作者の初掲載/初単行本で心を撃ち抜かれるのは、漫画を読む上で至福の一つだと思う。
勿論、その作者の次の単行本を待つのは、もどかしくも楽しいもの。
発売日が近付くに連れ、そわそわしだす経験は珍しくないはず。
と言う訳で、今回は待望の「さよならフォークロア」(かずまこを)の話。
さよならフォークロア (IDコミックス 百合姫コミックス)
「さよならフォークロア」は、「純水アドレッセンス」で鮮烈なデビューを飾ったかずまこをの二冊目の単行本。
コミック百合姫』連載の表題作&その描き下ろし・今は亡き『コミック百合姫S』掲載の読み切り作品の合計9編を収録。
初単行本で魅せた甘酸っぱさやほろ苦さは健在のまま、今作は人間模様や過去が絡み合い、より物語が広がりを持ったように感じた。
一番唸ったのが、タイトルの「さよならフォークロア」という言葉の組み合わせの上手さ
より具体的には、タイトルの“さよなら”には、終わりと始まりの二つの意味が込められているように思えた。

フォークロアによる“さよなら”

一つ目のさよならは、終わりを告げるフォークロアによる“さよなら”。
“月曜日の呪い”というフォークロアが残る学園では、学生同士が(特に月曜日に)触れ合う事は禁忌。
仮に体だけでなく心が近付いても、「不惑」を誓って離れなければならない。
言い換えると、「不惑」を唱えられずに結ばれてしまう関係は、疾しさや苦しみを課す事になる。

不惑は唱えられなかった 不純を感じていた

月曜日の呪いだろう

(第一話)

“月曜日の呪い”の習慣・「不惑」の言葉は、高瀬を縛る枷。
更に、二人の場合は、「姉のいる家へ帰りたい」という純鳥の願いを叶えるための恋人の振りという関係。
そのため、二人が本当の恋人のように気持ちを通じ合わせる程に、二人は別れへ近付いていく。
近付く心

隣にいられる分だけ
苦しくなっていく

名前を呼ぶたび深まっていく あなたへの想いこそ

月曜日の呪いなんだ

(第二話)

では、そもそも、この慣習の基になっている“月曜日の呪い”とは、一体どんな呪いなのか?
今まで当たり前のように信じ従ってきた習慣に対して、外部からの新参者によって疑惑が生じる。
この辺りの閉ざされたコミュニティでの“フォークロア”(民間伝承)感も素晴らしい。
この呪いの正体は、高瀬と純鳥が気持ちを通じ合わせ、ある過去をなぞるに連れ、明らかになってくる。

フォークロアへの“さよなら”

二つ目のさよならは、始まりを告げるフォークロアへの“さよなら”。
自分達を縛る“月曜日の呪い”の真実とは?
確かに、ある過去をなぞって真相へ辿り着いた二人だが、その過程や関係は似ているようで異なる。
かつての悲劇を繰り返すために“月曜日の呪い”を追った訳でも、“月曜日の呪い”を追ったために悲劇を迎えた訳でもない。
過去の悲劇など関係なく、二人の想いは、その時の二人だけの物。

私は「彼女たち」の呪いをずっと怖がっていました

でも…反省室にあった手紙を読んで思ったんです

彼女たちはただ二人の恋を

祝福して欲しかっただけじゃないかって…

(第五話)

悲しい“月曜日の呪い”も、本当は、かつて何者かが自分達の想いへの祝福を願った証。
今まで続いてしまった連鎖を断ち切るため、不幸な因襲に“さよなら”を告げて、二人一緒に対等に踏み出す。

忘れないで

どんなに寂しくても 恋のおしまいを 願ったりしないよ

私が不惑を誓うのは やさしいあなたにだけ

(第五話)

不惑」は、疚しさ・苦しみなしで誓って良い言葉。
但し、誓う相手は、世界でたった一人の掛け替えのないあなただけ。
祝福の言葉のような囁き
“月曜日の呪い”も、二人の笑顔と共に唱えられれば、愛しい祝福の言葉に見えてくる気さえする。

フォークロアへの“さよなら”の後 - 描き下ろし「far from a fairy tale」

フォークロアの下、2つの“さよなら”を経験して、結ばれた高瀬と純鳥。
後日談に当たる描き下ろし「far from a fairy tale」では、初々しいバカップルっぷりを素直に祝福したくなる。
でも、それだけではなくて、心を通わせ合った二人の変化も嬉しい。
対等に変わり結ばれた二人
触れ合っても「不惑」を誓わなくなり、自分の思いを口に出すように努力している高瀬。
触れる意味や「好き」の重さを学び、心からの想いを高瀬にだけ見せるようになった純鳥。
触って、変わって、一緒にフォークロアに“さよなら”を告げた二人が、対等に結ばれた姿が微笑ましい。

フォークロアの始まり - 描き下ろし「whiff of fairy tale」

もう一方の描き下ろし「whiff of fairy tale」では、“月曜日の呪い”の始まりが描かれている。
作中での台詞,態度,手紙から、薄々感付く事とは言え、やはりフォークロアあの二人から幕を開けた。
その二人の現在を考えると、“月曜日の呪い”は、少女達が傷付く事のないように創られた優しい呪いと言えるのかもしれない。
ただ、他人の気持ちを制御しようとする優しさは一方的で、もしかしたら傲慢でさえある。
想いの芽生えや行きつく先は、高瀬と純鳥のように、本人達が選ぶべき。
フォークロアを生み出した二人とフォークロアに「さよなら」を告げた二人。
未来は分からないけれど、高瀬と純鳥を見ていると、きっと(今からでも)皆が等しく幸せになれると思える。


「さよならフォークロア」というタイトルが、とにかく見事だった今作。
言うまでもなく、より広がった世界で描かれる物語も秀逸。
純粋な気持ち故に、不器用に真摯な想いを伝えようとする。
報われる想いも、報われない想いもあるけれど、その純真さは大切な良い経験だと思うのでした。



ちなみに、かずまこをと言えば、『楽園 Le Paradis』にて連載中の「ディアティア」の盛り上がりも最高潮。
胸キュンの悶絶が毎話止まらない上、最新第4号ラストでのカラーには圧倒された。
男女の恋愛という事で、『百合姫』掲載作品とはまた違った魅力もあり。
そんな期待度MAXの「ディアティア」の単行本が発売される日も待ち遠しい所。